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スペシャル・トーク「スタートアップによる日本経済の再スタート」② ~スタートアップにM&Aという選択肢

2024年10月09日

「スペシャル・トーク」シリーズは、一橋大学大学院経営管理研究科の教員・研究者が自身の研究テーマや共通のトピックについて一橋の卒業生・修了者と語り合う企画で、研究の意義や最新の研究内容を分かりやすく解説するとともに、対話を通じて社会へのメッセージを発信します。

今回は、本学の安田行宏教授と藤原雅俊教授が、株式会社ストライク 代表取締役社長・荒井邦彦氏と「スタートアップによる日本経済の再スタート」というテーマについて語り合いました。荒井氏は、本学商学部の卒業生で、1997年に起業し、日本で初めてインターネットによるM&Aマッチングの事業を始めました。今春学期には、「特別講義(スタートアップと資本政策)」(商学部)において代表講師を務めました。


スタートアップにM&Aという選択肢

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藤原:ストライクでは、既存企業の事業承継を念頭においたM&A仲介事業に加えて、スタートアップのM&A仲介事業も新たに推進しておられます。イグジット(出口)戦略としてM&Aを採るスタートアップは近年になって増えてきていますが、IPO(新規株式公開)を志向するスタートアップもまだ少なくないように思います。このような中で、御社がスタートアップのM&Aを仲介する事業を始められた動機は何でしょうか?

荒井氏:ストライクは創業以来、事業承継を中心としてM&Aの仲介事業を行ってきました。経営のバトンを渡す人が社内にいない時に、以前であればメインバンクや取引先から後継者を紹介してもらうこともありましたが、メインバンクも取引先もどちらも人手不足の状況です。そうした中で、第3者によるM&Aという形での事業承継を私たちがお手伝いしてきました。しかし、これは廃業を防ぐという、プラスマイナスで言うとマイナスにしない仕事であって、決してプラスの価値を生んでいるわけではないんですよね。そこで何か価値創造に貢献したいと思い、スタートアップのM&Aを考えたのです。企業と企業が融合することで爆発的な新しい価値が生み出されます。また、大企業側は新しい事業を手に入れることができますし、売却した人は新たな事業にチャレンジする資金を得ることができます。こうした新たな価値づくりをしていきたいというのが動機です。

大企業とスタートアップの両方にメリット

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藤原:それは、大企業側にも大きなメリットがありますね。近年、特に上場企業は社内外に対する合理的な説明を常に強く求められるので、将来性が見込めそうでありながらもリスクがある打ち手を取りにくくなっているようにも見えます。その結果として、社内で新しい事業を興して育てることがますます大変になっているのだとすれば、成果を上げているスタートアップを買収する方が効率的だという状況も出てくるでしょう。買収したスタートアップの経営陣に一定期間、経営に参加を続けてもらうロックアップ条項を契約に盛り込むことによって、スタートアップの成長力を丸ごと手中にすることも期待できます。

荒井氏:以前に当社で手掛けた案件で、成長株の金融系のスタートアップをある銀行が買収するのを仲介したことがありました。その銀行にとっては、手薄だったマーケットを買収によって補うという戦略で、見事に成功しました。買収された側のスタートアップは、それまでも創業6年で従業員が200人くらいまで増えるほどの急拡大でしたが、買収された後さらに成長して事業規模が5年で4倍にもなりました。銀行傘下なのでまず資金繰りに困らないですし、銀行にはしっかりとしたコンプライアンス体制があるので、そうした親会社の資産を十分に生かして成功したケースですね。

藤原:なるほど。起業家側としても、会社の譲渡益を元手にして次の新しいアイデアを事業として興すことができるので、ゆくゆくは連続起業家になることもできますよね。連続起業家の場合、前の起業が成功であろうが失敗であろうが、次に興す事業の成功確率は高まるという実証研究もあります。経験が役立つからです。このように経験を積んだ起業家が続々と出てくることは、日本の産業社会の活性化にとって大変重要であると思います。

荒井氏:私たちの使命は、そうした成功例を増やしていくことと、成功した人に発信してもらうことだと思っています。それにより、M&Aをイグジット戦略の有効な選択肢として考えてくれる人が増えることを期待しています。最初の起業はM&Aで、次はIPOを目指すといった道筋があってもいいですよね。

安田:経済全体としても、実力のついたユニコーン企業を取り入れ、ダイナミズムを取り戻すことにつながってほしいですね。

ストライクの成長のカギ

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藤原:荒井さんご自身は、ストライクを創業されて、今や東証プライム市場に上場されていますが、成長を支える体制づくりについては、どのようにお考えですか?

荒井氏:社長として全社的な課題に対処する一方で、今でも私自身が現場で指導することもあります。お客様から手数料をいただくにふさわしい、ストライクならではのご提案ができるように、日々、悪戦苦闘しています。競合との差別化を考える時に、「ストライクと同じようにやっているのに、同じパフォーマンスが出ない」と思われることが大切だと思っています。言葉で説明できる差別化は差別化ではなく、「なぜストライクだけがあんなふうにできるのか」と不思議がられることが差別化になるということです。そのためには、会社のミッションをしっかりと社内に浸透させるとか、日常的に社員とのコミュニケーションを密にするといった地道なことをやっています。

藤原:興味深いご指摘ですね。経営戦略論の世界では、独自の経営資源に基づいて差別化を狙う戦略観のことをResource-Based Viewと呼ぶのですが、その考え方の中に「Causal Ambiguity」という概念があります。因果関係の曖昧さという意味で、競争優位を支える資産や経営資源がどのような過程でどのような因果関係に基づいて出来上がってきているのかがよくわからない、といった場合がこれに当たります。誰が見てもよく分からないので移転ができない、つまり真似ができない、だからこそ差別化になるという考え方です。何がどのように出来上がって競争優位に結びついているのかという因果関係が明白ですと、他社が容易に真似できてしまいますから。荒井さんがおっしゃったことは、まさにこうした経営戦略論の考え方を実践するものですね。
この戦略には、競合に真似されない反面、社内でも強みを移転しづらいという難しさがあるのですが、荒井さんはそれを日々の徹底したコミュニケーションで克服されようとしています。ただ、この業界は離職率が高いとも思うのですが、そうした暗黙知を残していく取組みはどうされていますか?

荒井氏:当社の商品は人が提供するサービスなので、社員の教育・研修には注力しています。お客様から手数料をいただくには、クオリティの高いサービスを提供しなければなりません。まだ新入社員だとしても、もっと教育した上で営業に出さないとだめだと考えています。業界ではAIを使った人工知能化とよく言われますが、私は逆で「天然知能」を強化すると言っています。

藤原:なるほど。「天然知能の強化」とは、言い得て妙ですね。

荒井氏:教育の取組みは社員の離職防止にもつながりますし、辞めたとしても「ストライクで育った」と言ってもらえるようにしたいですね。もちろん、辞められるのは辛いですよ。以前は、社員が辞表を突き付けるのは、経営者に対する不信任の最も強い表現だと思っていました。しかし、今は辞めた人にも役割があると思えるようになりました。実は、数年前に新卒で入社した人が起業をするために退職したのですが、辞める時に私に手紙をくれたんです。「3年間、お世話になりました。自分は26歳になりました。荒井さんが起業したのも僕と同じ歳でしたよね」と書かれていて、まるで挑戦状のようでしたが、新たな門出に期待を込めて、「大成功を祈る」と一言ハガキを送ってやりました。

次世代へのメッセージ

藤原:そうした元気の良い次世代の中から起業を志す人が増えてきてほしいですね。同時にM&Aでイグジットした起業経験者が資金を得て、次のチャレンジをするという道筋がもっと太くなることも期待しています。何度も挑戦できるという環境が、日本の産業を活性化することにつながると思います。

安田:そうですね。特にコロナ以降、新しいことを始めようとする気概が若い世代に芽生えているように感じています。ただ、彼らに任せるというのではなく、世代間を越えた対話が大切だと思います。荒井さんはそれを積極的に実践し、若い世代を取り込んで、さらに還元もされています。ぜひ、今後も一橋の学生を刺激してやってください。

荒井氏:学生たちとの対話は楽しいですし、「起業するのは何かおもしろそう」と思ってもらえるといいですね。

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荒井氏プロフィール

一橋大学商学部卒業。1993年、太田昭和監査法人(現EY新日本有限責任監査法人)に公認会計士として入社。株式公開支援、財務デューデリジェンス業務を経験。97年、株式会社天会計社を設立。98年、株式会社ストライクに社名変更。2016年東証マザーズに上場し、17年東証1部に市場変更(22年東証プライムへ移行)。22年より一般社団法人M&A仲介協会の代表理事を務める。

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