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「戦略分析」ゲスト講師・川名浩一氏(元・日揮株式会社社長)~「グローバリゼーションとリーダーシップ」

2025年02月13日

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秋冬学期開講の「戦略分析」(担当教員・藤原雅俊教授)では、経営戦略に関するケース分析と討議を通じて戦略的思考能力を養うことを目的としています。12月9日には、元・日揮株式会社代表取締役社長の川名浩一氏(現 株式会社レノバ取締役会長ほか)をゲスト講師として招き、「グローバリゼーションとリーダーシップ」と題して講義をいただきました。

当日は、川名氏の講義に先立ち、事前に提出された「最強のメンバーが働く最強の組織とは」というテーマのレポートについて、藤原教授がモデレーターとして議論を行いました。はじめに受講生からは、「高い基準」「自律的な働き方」「柔軟性と管理のバランス」といった仕事や職場の環境に関するキーワードが出され、次第に「信頼」「心から惹きつけられる」といった心理面の議論に移っていきました。これに対し、川名氏からは「愛」というキーワードが示されました。

川名浩一氏による講義「グローバリゼーションとリーダーシップ」

「愛」と「I」

「最強のメンバーが働く最強の組織とは」との問いに対して、私はあえて「愛」と表現したいと思います。リーダーシップに必要な素養は仕事への情熱であるという思いがあるからです。MBAで多くの知識を学ぶと思いますが、知識だけでは不十分です。企業経営でよく言われるパーパス経営も、単に文章として書かれているだけで、魂がなければ意味がありません。会社のパーパスとご自身がやりたいことが一致していると、そこに情熱が生まれ、そういう人が組織をリードしていくことになります。その意味では、「愛」とともに、もう一つの「I(私)」、自分自身の思いが最も大切なことだと思っています。

成功するプロジェクトの共通点

プロジェクトマネジメントにおいて大切なことは、皆が同じ方向を向くことです。例えばこんなエピソードがあります。あるアニメキャラクターの制作現場での話ですが、地球防衛を使命とするそのキャラクターに持たせる装備について皆で自由にアイデアを出し合って議論していたところ、突然リーダーが「こんな装備で本当に地球を守れると思ってんのか」と叫んだそうです。それに応えてチームメンバーも真剣な表情で議論を続けたということでした。つまり彼らは、単に商品としてのアニメやおもちゃを作っているのではなく、本気で地球を守る意気込みで作品づくりに挑んでいるんですね。これが愛であり、そして皆が同じ方向を向いていることが成功するプロジェクトの共通点です。

同じ方向を向くためのコミュニケーション

同じ方向を向くためには、コミュニケーションも大切です。私は日揮に居たころ、社員には「饒舌なサムライになれ」と言っていました。プラントの建設現場である灼熱の砂漠や熱帯雨林では、何万人もの多国籍の労働者を統率しなければなりません。そのために饒舌に言葉を尽くして自分たちの思いを語ることで、文化を越えて世界中の技術と人、製品をつなげていくのです。私たちの作ったプラントが稼働することで、その国が豊かになっていく、その実現のために自分たちは仕事をしているという思いを伝えることが大切だと考えています。

コミュニケーションにおいては、相手の目線に合わせることも大切です。これは、ある南太平洋地域のプラントで食堂管理を担当していた日揮社員の話ですが、彼が赴任した当初、そこで働く近隣住民の女性たちの勤務態度はあまり芳しくありませんでした。そこで彼は毎日、食堂の従業員たちとミーティングを行い、好事例があった時には「あなたのおかげでプラントの作業員が快適に仕事ができる」と言って皆の前で表彰したりしていました。そして2、3年経ったころに、従業員たちが彼に対して「あなたは私たちが何のために働いているのか教えてくれた。以前は単に作業をこなすだけだったが、今では仕事の意味が分るようになった」と言って、感謝してくれたそうです。仕事は作業とは違います。彼女たちの目線で、その仕事の意味を根気強く語りかけたことで、同じ方向を向くことができたのです。

学生たちからの質問に答えて

質問: 会社のパーパスと個人の「愛」を重ねるということですが、例えば部下に「何のために仕事をするのか」と聞いたとしても、会社のパーパスとは合わない答えもあり得ます。どのようにリードしていけば良いでしょうか?

川名氏: 問う力は大切です。「君はどう思うのか」と聞くことで、相手に気づきが生まれる可能性があります。私が日揮に入社した動機は、1970年代に注目されたスイスのシンクタンクのローマクラブが出した「成長の限界」という報告書を読んで、エネルギーの重要性を思い知り、その課題解決が重要だと考えたからです。中でもエンジニアリングこそが将来を切り拓くもので、そうした会社を探して日揮を見つけました。私は技術者ではありませんが、会社が目指していることの一部を自分がやっているという思いが苦労を乗り越える原動力になりました。ただ、部下に接する際に「会社のパーパスがこうだから」と言っても響かないので、その部署での身近な目標を示し、相手の目線に立って方向性を共有することが大切だと思います。

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学生たちと活発に議論

質問: 日本企業はリスクを取らないと言われますが、経営のレベルだけではなく、社員もやはりリスクを恐れてしまう傾向があります。チャレンジさせるようにするためのアドバイスはありますか?

川名氏: リスクについては、考えるなと言ってもやはり考えてしまうものです。これは林間コースを滑るスキーヤーの話ですが、彼らは木にぶつかるというリスクがあるから滑らないということはありません。林の中で木の位置を見極めて、それを避ける道筋を取りながら滑るのです。つまり、リスクをしっかり意識はしつつもオポチュニティを目指して前に進むということです。

質問: 私たちはMBAで経営を学んでいますが、修了してもまだ経営層になるまでには時間がかかります。そうした中で大切にすべきことはありますか?

川名氏: 日本企業の強さは現場力だと思いますので、現場を知ることが大切です。MBAを出たのだから経営企画部門でバリバリやりたいという気持ちも分かりますが、焦りは禁物です。現場を知り、敢えて困難なことを経験し、理解することで、小さな失敗と成功体験を繰り返しながら人間力を養い、将来大樹となることを目指してください。

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川名浩一氏

1982年日揮株式会社(現日揮ホールディングス株式会社)入社。80年代にインドネシア駐在、90年代にイラン、97~2001年にアブダビ、01~04年にロンドンと合計15年に渡り海外に駐在し、主に建設・営業・新規事業(事業投資)を担当。11~17年、同社代表取締役社長を務めた。現在は、株式会社レノバ 取締役会長を始め、株式会社バンダイナムコホールディングス、株式会社クボタ、株式会社ispaceの社外取締役など多方面で経営職に就くほか、21年には経営コンサルティングのルブリスト株式会社を立ち上げ、代表取締役としてベンチャー支援を行っている。

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