2025年09月09日
去る7月11日に経営分析プログラムの修士1年生による、導入ワークショップ報告会が行われました。この導入ワークショップは1年生向けに開講されている必修の演習科目で、3クラスに分けて一橋ビジネススクールが重んじる少人数教育を行なっています。当日は、各クラスの代表チームから、研究計画や先行研究、今後の進め方についての発表がありました。コメンテーターとして修士2年生の2名が参加し、先輩が後輩をサポートして意見を交わす、経営分析プログラムならではの報告会となりました。
導入ワークショップAクラス代表
人的資本開示(有価証券報告書)の評価スコアと企業特性の関連性
2023年3月期の決算以降の有価証券報告書から人的資本の開示が義務化され、非財務情報のサステナビリティ(サステナビリティ情報全般、人的資本、多様性)の記載欄が新設されました。しかし、その内容の充実度が企業間で差がみられるというところに問題意識を据えて、有価証券報告書のサステナビリティ欄における人的資本開示の記載内容充実度が、どのような企業特性によって説明されるのかを検証していきたいと考えています。
方法論としては、有価証券報告書の「サステナビリティに関する考え方及び取組」の項目に対し、テキスト・マニングを行い、人的資本開示の充実度をスコア化し、これを企業規模や収益性、社外取締役会の構成などの企業特性に回帰することで、どのような特性を持つ企業が人的資本開示に積極的な行動を取るのかを明らかにし、企業や政府機関に対して制度設計に関するインプリケーションを提供できればと考えています。
導入ワークショップBクラス代表
国内観光地における二重価格制度の導入と日本人の受容性
本研究は、外国人観光客の増加に伴う交通機関の混雑・渋滞や私有地への無断侵入、ゴミのポイ捨てなど、オーバーツーリズム対策をどうすべきかという問題意識に基づき展開されています。「観光客の増加イコール成功」と捉えることがオーバーツーリズムの原因であり、訪問者数の増加よりも地域への利益を重視し、適正な価格と収益管理(RM)を見直していく必要性を示す先行研究もあります。また問題解決のために分散・課金・規制の三類型の対策や「二重価格制度」の導入なども提言されています。しかし、実際には二重価格制度の導入・研究は進んでいない状況です。研究を実施するにあたっては、フレーミング効果に注目しました。これまでの二重価格制度導入をめぐる事例として、姫路城の入場料を外国人観光客へのみ値上げを検討すると表明した際に、市民から「外国人差別につながる」などの反対意見が相次ぎました。この「外国人観光客のみ値上げ」が、ネガティブフレームとして受け取られ反感を招いた可能性があり、単に「価格を分ける」だけではなく、「どのように価格差を伝えるか」が鍵となることを示唆しています。そこで私たちは、「二重価格制度における価格表示方法によって、日本人のモラル的受容度が変化するか」というリサーチクエスチョンを立てたうえで、質問調査により、それらを明らかにするための研究デザインを設計しました。今後は、質問調査を実施し、二重価格制度における価格表示方法が与える影響を検討していきます。
導入ワークショップCクラス代表
地域経済の成長と地域金融機関
~地方の事業承継に対する地域金融機関のリソースについて~
本研究では、「地域金融機関がリソースを強化すると、地方中小企業の事業承継を加速させるか?」ということに着目しています。特に事業承継の促進にどのリソース(ヒト、モノ、カネ、情報)が最も効果を与えるのかという関係性を見ていきたいと思っています。調査にあたっては、事業承継は複雑な問題なので、リソースだけでは見えてこないような課題等も検討をしながら、地域金融機関に求められる役割や支援体制について考えていきます。
地方創生については、政府の取り組みとして2014年に発足した「まち・ひと・しごと創生本部事務局」を始め、これまで10年以上注力して来たものの、課題はまだ残っています。地方経済は日本のGDPの約7割を占めていて、地方創生が日本経済活性化の鍵になると考えます。メガバンクが貸付けを行わないような地方の中小企業に対しては、その内情を理解して融資を行っている地域金融機関が直接的に支えており、地方創生に向けた支援機関としての重要性が高いと考えています。また、地方の中小企業においては高齢化、さらには後継者不足による事業承継問題も深刻化しています。これは地域金融機関にとって顧客の喪失や融資残高の減少に直結するため、国や地方自治体と比べて地域金融機関がよりこの問題に取り組まなければならない理由の一つであると考えています。そこで、地域金融機関による地方中小企業に対する事業承継支援を本研究の主要なテーマとして、今後の研究で必要なリソースについて明らかにしていきたいと思います。
担当教員コメント
加賀谷哲之 先生
修士2年のコメンテーターの方々からは、調査方法に関してインタビュー、アーカイバブルデータ、質問調査と、全く違うタイプの研究に対して示唆的なコメントをいただきました。昨年度は導入ワークショップに参加したMBAメンバーも一年経つとこんなに成長されるんだなと改めて実感したところです。修士1年の皆さんもこういう姿を目指して頑張っていただきたいなと思います。特に本学では「理論と現実の往復運動」を、ワークショップを通じて実現しようとしており、その際にとても重要となってくるのが理論の知識と現実を深く知るということです。皆さんは、研究に取り組み始めたときに、「理論や分析の知識が圧倒的に足りない」と実感されたと思いますので、今後はそういった知識を補っていただいて、一年後は先輩方のように成長していただきたいと思います。
熊本方雄 先生
この導入ワークショップの目的は、はじめにリサーチクエスチョンを見つけて、どのような先行研究があるのかを知って、そのリサーチクエスチョンと整合的な方法論を構築するということです。皆さんの報告を聴いて、当初の目的は十分に達成されているなと思いました。後期からの基礎ワークショップは、研究計画を立てるだけではなく、実際に分析をします。そして、修士2年ではワークショップレポートを書くわけなのですが、先ほど先輩方からも研究の実現可能性といったコメントがあったと思います。おそらく、やりたいこととできることにはかなりのギャップがあります。どうしてもやりたい研究ではあるが、いろいろな制約があってなかなか上手くできないという部分もあると思います。それをどうすり合わせて、落としどころを見つけていくかというような経験を、この後の基礎ワークショップでしていただければと思います。
高田直樹 先生
どのグループも大変な取り組みであったと思いますが、自信をもって仕上げてくださったことが伝わる大変印象的な発表でした。加賀谷先生、熊本先生からもお話がありましたように、導入ワークショップの一つのゴールは「研究計画を作成する」という点にあります。この3カ月という短期間で研究計画をまとめ上げるのは容易なことではなく、皆さんがよくやり遂げられたと強く感じております。もっとも、次の基礎ワークショップでは、同様の期間で研究を完成させることが求められるため、さらに高いハードルに挑むことになります。研究テーマを改めて検討することや、分析手法の選択、関連する理論や先行研究の整理などを夏休みの期間にしっかりと準備していただければ、基礎ワークショップは一層実りあるものになると考えております。
教員情報は こちら
★先輩からのアドバイス★
コメンテーターとして参加した修士2年生からは鋭い視点からの質問や、昨年の自分たちの研究発表の経験からの意見がありました。研究のリサーチクエスチョンと手法のズレをフィットさせるといったコメントや、アンケート調査の設問作成のやり方については、文章の中で回答者にイメージを与えるとバイアスがかかってしまうといった指摘や、インタビュー調査をする上では本音の引き出し方を考えながら進めていくと、知りたい内容をより得られるだろうといった実践的なアドバイスもありました。