2026年07月13日
春夏学期開講の「経営戦略」(担当教員:藤原雅俊教授)では、経営戦略に関する講義とケーススタディを通じて、経営戦略に関する知識を習得するとともに戦略的思考能力を育成し、経営戦略に関する基本的なフレームワークや考え方を、日常の戦略思考の中に定着させることを到達目標としています。5月の講義では、革新的な成長戦略とファンを第一に考えた取り組みで、爆発的に観客動員数を伸ばしている、株式会社横浜DeNAベイスターズ代表取締役社長の木村洋太氏をゲスト講師としてお招きしました。横浜DeNAベイスターズは、球団の本拠地である横浜市で、スポーツを核としたまちづくりに取り組んでいます。今回は、地元横浜に愛される球団となった「横浜DeNAベイスターズの成長戦略」について、講義を抜粋してご紹介いたします。
2011年、株式会社ディー・エヌ・エーが球団のオーナー会社になり、横浜DeNAベイスターズとして今年で15年目を迎えます。参入時は、マーケティングを中心として黒字化を目指す経営改善のフェーズにありました。ユニークな企画をやってみてメディアに取り上げてもらい、少しずついろいろな人にベイスターズを知ってもらおうというようなマーケティングの取り組みをしていました。戦略ターゲットの策定では、当時は顧客データなども社内にあまり存在していない状態でした。球場にどんな人が来ているのか様子がまったくわかっていないという状況でしたので、まずは顧客データの重要性を理解し、顧客の属性を掴むことから始めました。
2012年からデータをちゃんと蓄積しようということで経年変化を分析したところ、20代から40代の男性が来場者の中心で、女性は少ないというイメージどおりの結果となりました。マーケティングではいろいろな考え方がありますが、私たちは顧客インタビューをもとに、中心となる来場者として20代男性のペルソナ(仮想の人物像)を細かく設定していきました。ですが、3万人の来場者の中でこのペルソナがぴったり当てはまるなんて、一人いるか、いないかだと思うんです。このペルソナの設定については、実はさまざまなバックグラウンドを持ったスタッフや従業員の認識を、社内で同じくするための「共通言語」を持つということが本来の目的でした。
具体的には、マーケティングのターゲットを単に「20代男性」とするだけでなく、 "アクティブ・サラリーマン"というようなキャッチーなネーミングを付けて、従業員の脳裏に焼き付ける工夫をしました。その上で細かいキャラクター設定をしていくと、社内でも少しずつ興味を持ってくれるようになり、「そう言えば、知り合いに似ているな」とか、「こんな感じの人がいるよね」と話題になり始めて、イメージが浸透していきました。一緒に働くスタッフや従業員には、元野球選手や警備のアルバイトだった人もいます。例えば、世代や背景が違う中で「20代男性」が気に入るようなチケット企画やグッズを考えてください、とします。その時にマーケティング的な表現ではなく、「アクティブ・サラリーマンが気に入るような」といった具体的なイメージを提供しました。皆が同じ方向を向いて仕事をすることで、結果、メインターゲット層の来場が増えてきたということがあげられます。
このようにターゲット層に合わせたアプローチを考えると同時に、私たちは「どういうブランドでありたいか」、「どういう狙い方をしたいか」ということについても並行して議論をしていました。横浜DeNAベイスターズの本拠地である横浜市の人口は約370万人で、神奈川県全体になると約920万人になります。この街のポテンシャルを生かすためには、横浜の人たちから好かれる、親しみを持ってくれる球団になる必要があります。アンケートで聞いた横浜のブランディングでは、「港・お洒落・国際的」などのキーワードが出てきました。一方で、それらのキーワードが球団の印象に当てはまるかというと、そう考える回答は少なかったです。
では、私たちはどうやって横浜ブランドに寄せていけるのか、横浜の街らしいチームになっていけるのかをもっと考えていくことにしました。ユニフォーム、球場、スタジアムはどうするのか、物販、飲食、プロモーションはどうしたらいいのかということを、社内の各領域で「港、お洒落、国際的」などのキーワードをもとに見直していきました。例えば、場内アナウンスの仕方が海外風になったり、施設やグッズの色の使い方がおしゃれになったり、目立たない部分ではあるものの全体的に一貫性を持ったブランディングを進め、横浜の街に受け入れてもらえる、横浜の人たちが自然と好きになるような球団を目指してやってきました。
横浜DeNAベイスターズと横浜スタジアムが別会社だったときは、球場の収容人数は3万人弱で、プロ野球チームの中で小さな球場のひとつでした。観客動員数が増えたので座席を増やしてくださいとスタジアム側にお願いに行っても、別会社だったのでなかなか難しいものがありました。当時、横浜DeNAベイスターズと横浜スタジアムとの間では契約期間が限られていて、契約満了時に球団が出て行ってしまうかも知れないと考えたら、スタジアム側は観客席増設というような投資はしませんよね。ですが、2016年には、株式会社横浜スタジアムを株式会社横浜DeNAベイスターズの連結子会社にし、経営が一体的になったことで意思決定のスピードがアップし、投資も可能となりました。その中で、もともとスタジアム側の権益だった飲食にも私たちのマーケティング手法が入り、これまでのグッズのほかに、オリジナルビールやフードも顧客目線で作ることができるようになりました。「一日楽しめるテーマパーク的な球場にしていこうよ」と一致団結して活性化させたのです。何より、意思決定がスムーズになったことがメリットで、大型の改修もできるようになり、球場の質素な建物だったところに選手のビジュアルを使ってプロ野球球場らしくしました。
またラッキーなことに東京五輪の際には、野球・ソフトボールの試合で横浜スタジアムが使用されることになりました。そのために2カ月間は球場が使えないのですが、オリンピックで海外の重要なお客様を呼ぶ際のVIPルームを作ったり、新たな観客席増設についても許可されました。この横浜スタジアムがある土地は国のもので、横浜スタジアムの建物自体は横浜市の所有で、そして運営権は球団側にありました。通常でしたら、国有地の上にある市の公共施設に民間の企業が手を入れるというのは、議会が何年もかけて決裁する案件です。それがオリンピックのおかげで、わずか一年で、約34,000人収容の大きな球場になりました。
2012年から着実な成長を遂げてきた球団経営でしたが、コロナ禍には活動が大幅に縮小せざるを得なくなりました。そうした中、それまでは観客動員数が増えて会社も黒字化できたけれども、これから自分たちはどこに向かうのかという問いが浮かび上がり、会社のマインドや方向性を共通化する組織文化をつくることが必要になってきました。そこで、ミッション、ビジョン、バリューや中期経営計画などを策定するとともに、自分たちのアイデンティティを言語化して、それを毎年アップデートすることを始めました。
そのアイデンティティの言語化の中で出てきたのが、私たちにはやはりユニークな取り組みが重要だという考えです。昔であれば、社内の決裁プロセスの中で管理職が、現場から出てきたアイデアをつぶしてしまうようなこともありました。しかし今は、面白いかどうかはわからないけれど、まずやってみようという決断をしています。例えば、2023年にはポケモンの世界大会を記念したスペシャルイベントで、選手がピカチュウのデザインのヘルメットを被って試合をして、多くのお客様から反響をいただきました。海外の取引先を訪問した際にも、いい意味で「クレイジーですね!」という表現で私たちの取り組みを評価してくれました。この一言が私の中では、「思い切ったことをやるのは、意味があることだ」と、考えられるきっかけになりました。そこからこうした取り組みを全社的にもっとやっていこう、ということで、26年には社内の価値観の行動指針として、「Be Crazy(ビークレイジー)」という言葉を使っています。
私たちは常にスポーツ界のトップランナーとして、100年先も野球文化が続いていくよう、そして横浜・神奈川の地で皆様とともに感動を分かち合えるよう、「野球の明日をつくり、野球で明日をつくる」挑戦を続けていきたいと思っています。そして、これからも「常識にとらわれず、いろいろなことをやっていこう」というところを社風にしていきたいと思います。