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「サステナビリティ経営」(2023年度春夏学期)~代表講師・早瀬慶氏に聞く ①

2023年06月21日

一橋ビジネススクール 経営分析プログラムにおいて、2023年度春夏学期に新たに開講された「サステナビリティ経営」を紹介します。これは、EY Japanによる寄附講義で、同社の各領域の専門家と本学教員により、理論と実務への応用について伝えるとともに、第一線で活躍されている実務家をゲスト講師としてお招きし、より実践的な内容の理解を深めることができるプログラムです。

今回は、代表講師の早瀬慶氏(EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 EYパルテノン ストラテジー パートナー)にお話を伺いました。

「サステナビリティ経営」講義シリーズの紹介

―最初にサステナビリティ経営に関する貴社の考え方についてお教えください。

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世界トップクラスのプロフェッショナルファームであるEYは、100年以上も前に設立された歴史を持ち、また自ら「パーパス(存在意義)」を掲げて活動しているユニークなグローバル組織です。我々のパーパスは「Building a better working world ~より良い社会の構築を目指して」というもので、プロフェッショナルファームとして「より良い社会を作る」という、企業だけではなく社会全体に焦点を当てる視座の高いものです。「長期的価値(Long-term value)」は、我々が、より良い社会を実現する際の方法論の1つで、まずは長期的な視点でどのような社会を築きたいのか本質的な議論をし、その上で思い描いた理想の社会からバックキャストして、今日何をすべきかを考えていくというものです。遠い先の理想を語るだけではなく、10年後・5年後・今年・そして今日すべきことを構想し、実行に移す、そして結果を出し続けることが重要だと考えています。

―今回、「サステナビリティ経営」の講義を、一橋ビジネススクールで開講しようと決めた背景は何ですか?

サステナビリティは単なるスローガンではなく、環境や社会、経済といった観点において持続可能な発展を実現するために経営に取り込んでいくべきものです。サステナビリティに配慮した活動が実証実験として各地で行われていますが、事業化の前に終わってしまうケースがよく見られます。背景には、持続可能な構想になっていない、例えば、事業の収益化の目途付けができていないということが多いようです。サステナビリティを"打ち上げ花火"にしないためには、ビジネス・経済と結びついていかなければなりません。そのためにはビジネススクールでサステナビリティの視座・マインド・知見を持った将来の経営者を育てることが大切であると考え、中でも多くの優れた人材を経済界に輩出している一橋ビジネススクールにお声がけさせていただきました。

―「サステナビリティ経営」講義シリーズの特徴を教えてください。

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サステナビリティは非常に幅広い概念ですので、今回の講義シリーズでは、サステナビリティを考える上で複合的な視点から学ぶことが重要であると考え、気候変動や人的資本、地方を巻き込んで活動を進めるための地方創生、財務・非財務情報、デジタル活用、そして企業経営そのもの、といったテーマを設定しました。一つのテーマを2週に渡り議論する形式で、1週目でこれら個別のテーマについてEYの講師から理論を講義した上で、2週目でそれぞれのテーマのプロフェッショナルである実務家のゲスト講師に、実業について語ってもらっています。サステナビリティというのは、ともすると理論・コンセプト先行感があるので、本物を見抜く力を養っていただくためには、理論と現実の両方が大切であると思っています。例えば、デジタルトランスフォーメーションといっても実態は単なるシステム導入ということもある中で、デジタルを使って何を改革するのか・実現するのか、本質を見極めてもらうためにも、EYの講師だけではなく、産業界や行政の現場の話を聞くことで、気づきを得られるのではないでしょうか?中には、「理論はこうだが、現実には難しい」あるいは、「理論はこうだが、現実はもっと進んでいる」といったこともあります。受講生には、こうした違いをリアルな言葉で受け取ってもらい、真のサステナビリティ経営とは何か?を考えて欲しいと思っています。一橋ビジネススクールでは「理論と現実の往復運動」と表現されていますが、まさにそれを体験できる講義となっています。

―学生には何を期待しますか?

授業では、学生が積極的にディスカッションに参加しています。ゲスト講師の方々からは、学生の学ぶ意識や積極性が想定以上に高く、議論も活発でエキサイティングであると驚きの声が寄せられています。各回の講義や受講生のレポートにはすべて目を通していますが、受講生の皆さんの熱心さや高い社会意識を感じています。今回のサステナビリティ講義シリーズの中で得た知識や感じたことについて、ひとつでもふたつでも、講義後も掘り下げて追及し、実際の行動に落とし込んでいってくれることを期待しています。

<コーディネーター・加賀谷哲之教授>

―一橋ビジネススクールでサステナビリティ経営を学ぶ意義とは

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一橋大学は、伝統的に「Captains of Industry」を育てるということをミッションとして、日本の産業界に多くのビジネスリーダーを輩出してきたという自負があります。そして、その人材育成にあたっては、グローバル・マインドセットを重視してきました。サステナビリティ経営を考える時、日本企業ではすでにしっかり取り組まれていると考える人もいますが、国際的に見て本当に実践できているのかと問うと、実はまだ不十分ということも多くあります。国内だけで社会課題を考えるのではなく、グローバルに何が起きているのかという視点を持つことが大切です。その点でEYは、グローバル企業として世界の潮流を把握し、自ら持続可能性に取り組むとともに、クライアント企業にアドバイスを提供しています。一橋で学ぶ受講生に、よりグローバル・マインドセットをもってサステナビリティ経営を学んでもらいたいと思っています。

―これからの世代への期待

海外に比べ日本では、サステナビリティを「勉強する」ことに関心が高いようですが、これはある意味、日本人が上から与えられる規則に従順であることと関係があるかもしれません。一例として、TCFDに賛同する企業数は、世界でも日本が最多という事実があります。そのこと自体は良いことですが、ともすると、TCFDの本質を見るのではなく、やや教条的に受け入れているケースもあるのではないかと思っています。しかし、若い世代は、ものごとをただ受け容れるのではなく、本当は何が起きているのかを知りたいと思っています。「サステナビリティ経営」の講師の方々は、サステナビリティをブームではなく本質的に重要なものとして教える努力をされているので、それが学生たちに伝わっているのではないかと思います。そして、そうした本質論でのディスカッションをぜひ続けていってほしいと期待しています。渋沢栄一氏は1867年(慶応3年)にフランスに渡り、それまで自分が正しいと思っていたことと世界の常識が全く違っていたことを知ります。その違いを見据えて自分は何をすべきかを考え、生涯に約500もの企業に関わったとされています。そうした問題意識を持つ学生を育てるのが一橋のミッションと考えています。

*TCFD:気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosure)

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