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講義「マーケティング」ゲスト講師・JT 田中裕子氏「キャメル・クラフトはなぜ売れたのか」②~「戦略」篇

2024年03月25日

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経営分析プログラムの必修科目「マーケティング」(担当教員:鷲田祐一教授)では、マーケティングの基礎的な理論を身につけ、体験することを目的として、ビジネスの第一線で活躍する実務家をゲスト講師として迎えています。昨年12月22日、日本たばこ産業株式会社(以下「JT」)Product &Brand ブランドマネージャー 田中裕子氏を招き、「キャメル・クラフトはなぜ売れたのか」と題して、2022年の発売以降、大きなヒット商品となったJTの紙巻たばこ「キャメル・クラフト」のマーケティングに関する講義を行いました。田中氏は、本学商学部の卒業生で、在学中には鷲田教授のゼミでマーケティングを学びました。

新生「キャメル・クラフト」として復活

「キャメル」ブランドとして苦戦が続く中、日本のたばこ市場は、増税の影響によりお客様のダウントレードが加速したことや、競合の商品投入もあり、プレミアム価格帯が縮小しバリュー価格帯の拡大が本格化してきました。当時のJTの強みはプレミアム価格帯にあり、バリュー価格帯は手薄であったため、ダウントレードを通じたバリュー価格帯の拡大はJTシェアの低下に繋がることから、社内での危機感が高まっていました。そこで、キャメルに「バリュー価格帯でのシェア最大化」のミッションが与えられたのです。

そこで、ターゲットとする低価格志向の顧客層にはどのような傾向があるのか、改めて見直すことになりました。すると、低価格志向層の中には、価格重視型の顧客に加え、ただ安いだけではなく「高品質だが求めやすい」という費用対効果重視型の顧客もいることが分かってきました。これにより、低価格でありながら、「品質へのこだわり」と「美味しさ」を追求した商品を作りたいという新生「キャメル・クラフト」のポジショニングが明確になりました。

キャメル・クラフトの4P*

「名は体を表す」というように、商品にとってのネーミングは非常に重要です。我々は、こだわりの技を詰め込んだことを表現するため、この商品に「クラフト」と名付けました。他商材を通じて「クラフト」という言葉には「手作り」「こだわり」といったイメージが浸透していたため、このネーミングにより、競合他社のブランドとの差別化を図りながら、昔のキャメルのイメージから生まれ変わることもできると考えました。葉たばこのブレンドも、自社の技術の進化により、これまでの技術では難しかった雑味を抑えた味わいをバリュー価格帯で実現しました。パッケージは、キャメルらしい遊び心のあるポップなデザインとしながらも、どこか手作り感のある質感を目指しました。さらに、「安いたばこは美味しくない」という一般的なイメージを払拭すべく、サンプリングにより、実際に味を実感いただくプロモーションに注力しました。また、自社サイトでは、競馬から着想した「ラクダービー」と称するプロモーションなど、ブランド独自の遊び心をお伝えできるような施策を展開し、結果キャメルのブランドイメージを大きく変えることができました。

なぜ売れたのか?

低価格品を買うのは妥協ではない

近年、低価格帯の商品に対する消費者の意識が変化してきています。たばこに限らずさまざまな分野で技術的な進歩により、低コストでもある程度の品質を保ったものを提供できるようになったことから、消費者が低価格品を買うことは我慢や妥協ではないと考えるようになってきました。さらに「安くて高品質」が増えてくると、今度はブランドやコンセプトなど品質以外のことへのこだわりも強まってきます。そうしたターゲット市場のニーズを見極めたポジショニングと、一貫した「4P」を提供したことが、キャメルのヒットの理由の1つです。

「購買」から逆算した施策設計

もう一つの理由は、「好意」を高める事で終わるのではなく「購買」を起点とした仕組みづくりを行ったことです。マーケティングの消費行動論では、「認知」から始まり「関心・好意」に進み、最終的に「購買」につながるとされています。しかし、たばこ市場のバリュー価格帯で実際に銘柄変更をした人を高価格帯での銘柄変更と比較すると、元のブランドの継続意向や好意度の高低が、実際の購買行動に及ぼす影響が小さいことが分かりました。つまり、ダウントレードする顧客にとっては、商品の認知や好意度の積み上げが購買につながるとは限らないということです。

逆算的に施策を設計

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そのため、私たちは、直接「購買」につながる施策を打つことで、「安たばこ」という先入観による「購買」と「関心・好意」の間のギャップを乗り越えることを目指しました。例えば、サンプリングで「試しに吸う」という行動を生み出したことにより、安いだけのたばこという先入観を払拭し、「次も買いたくなる」という好意を高める、逆算の設計です。また、関心はあるものの、味や品質への不安から購買に繋がらない、というギャップを乗り越える施策として「友人の薦め」を誘発するため、「ラクダービー」という喫煙所の雑談で話題に上がるような仕掛けを用意しました。いずれも帰着点としては単純ですが、このように、「関心・好意」から「購買」へのギャップを越えるためのステップをシンプルかつ複合的に設計できたことが成功のカギとなりました。

 


 

<講義を終えて>田中裕子氏

マーケティングの面白さは、市場のニーズを捉え、それに合わせたポジショニングを想定し、適切な4Pを企画していくというフレームワークに則った戦略がはまり、実際に多くのお客様に受け入れられた時の高揚感です。頭の中で描いた理論を実際の現場に落とすと、想像以上のパワーを発揮するという体験は、めったに得られませんが、今回のキャメル・クラフトではまさにそれが起こりました。

私は今でも、在学中に鷲田先生から教わったことを当時の教材を見て振り返ることがあります。それほど、一橋での学びが直接的に実務に活きていると実感しています。大学で理論を学んだというバックグラウンドは企業でマーケティングに携わるうえで大きな強みになると思います。大学でマーケティングを学ぶ人には、その学びをいつか仕事に活かし、「理論」を武器にした大きなパワーを起こしてほしいと願っています。

*マーケティング戦略を立案する際に考慮すべきポイント。
4P:製品(product)、価格(price)、流通(place)、プロモーション(promotion)

 

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