2026年09月15日
株式会社ABEJAは、「ゆたかな世界を、実装する」を経営理念に掲げ、"イノベーションで世界を変える"をビジョンにしています。自社開発の「ABEJA Platform」を中核に、顧客のAI活用を実運用として成立させ、継続的な高度化を実現するエンタープライズプラットフォーム事業を展開しています。そのABEJAの代表取締役CEO・岡田陽介氏と、本学経営管理研究科の藤原雅俊教授ならびに熊本方雄教授が「イノベーション・マネジメント」をテーマに戦略や組織論、さらにAIと教育、アントレプレナーシップについて鼎談を行いました。岡田氏は、今年度秋冬学期より新たに開講される経営分析プログラムの集中講義「イノベーション・マネジメント」において講師を務められます。
AIの可能性
フィジカルAI
熊本:近年、フィジカルAIが注目を集めています。そのインパクトについて、どのような見通しをお持ちですか。
岡田氏:非常にポジティブに捉えています。将来的に国内GDPの7〜8割程度はAIやロボットが創出する世界観が到来すると考えており、技術的にもすでに実現可能なフェーズに入りつつあります。デジタル世界での業務プロセス改善にとどまらず、マーケットサイズが桁違いに大きいフィジカル世界へAIが浸透していくことは、深刻な人口減少に直面する日本にとってまさに「神風」と言えます。デジタル分野で10割近く、フィジカル領域で5〜6割をAIが担えば、労働力不足は大幅に解消されます。
国内需要をすべて国産AIで囲い込むのではなく、ASEAN等との戦略的役割分担を行いつつ、資本効率を意識した全体戦略を描くことが重要です。無謀な技術競争による過酷な消耗戦を避け、適切な領域をしっかり獲得できれば、日本の産業構造は強固に復活する可能性があります。"'Made in Japan' will be back."です。日本はこの大きな波に一刻も早く乗り、構造改革を進めるべきだと考えています。
藤原:PayPalの共同創業者であるピーター・ティールが『Zero to One』という著書を出していますが、そこでは、「明確か、曖昧か」という軸と「楽観的か、悲観的か」という2つの軸でマトリクスを作り、起業家が持つべき心構えとして「明確な楽観主義」の重要性を説いています。明確な楽観を抱くと、自ら具体的な計画を立てて良い未来を実現しようとするからです。まさにその姿を彷彿とさせるお話ですね。
AIと教育
熊本:AIが高度化する中で、研究や教育のあり方も変わってきています。教育の場でもAIが教員を代替しうるとも言われつつある中、これからの社会において「生身の人間」に残る役割とは何でしょうか。
岡田氏:最終的に残るのは「リベラルアーツ的な観点」だと思っています。例えば美術において、単に絵を描く技術ではなくマルセル・デュシャン*のように「既成概念に対する見方を変える」提案をするような視点です。「真善美(しんぜんび)」、すなわち人間の真実や知性(真)、道徳や意思(善)、審美や感性(美)というようなことに直結していると思っています。そうした既存の枠組みを捉え直す力を養うことが教育の重要なポイントであり、まだAIからそういう考え方は出てこないですよね。
*マルセル・デュシャン:フランス出身の芸術家。ニューヨークの前衛芸術運動の中心的存在として、アートの定義を根本から覆した。
熊本:一橋大学は社会科学系の大学ですが、いわゆる文系の学生はどのようにAIと向き合うと良いでしょうか。
岡田氏:文系学生に限りませんが、これからの人材に期待されるのは、やはりリベラルアーツ的なものの見方、考え方だと思います。AIを使えば、全従業員のテキストデータや表情を監視して心をコントロールするような圧倒的監視社会や「邪悪な運用」が低コストで実現できてしまいます。理系研究者が物理的な技術性能の限界に挑む一方で、例えば文系的な知性を活かしてMBAの倫理ケースワークを行うことは有意義ですよね。「この技術を人類の幸福のためにどう使うべきか」を考え、AIを社会や組織に実装する際の「倫理的な最後の砦」となる判定ラインを持てるような人材の育成が期待されると思います。
藤原:今回講義いただくMBA経営分析プログラムは国立キャンパスで日中に開講されていることから、他学部や他研究科の講義科目を受講しやすく、そこで提供されているリベラルアーツに関する科目を履修するMBA生もいます。自らの審美眼を養いながら、しっかりとした道徳心を持ちつつ既存の枠組みにとらわれない自由な発想に挑んで欲しいと感じます。
講義で得られる学び
藤原:そうしたリベラルアーツ的な視点を持ちながらイノベーションを実現するには、その前提として現在の変化をまず適切に理解することが重要だと思います。今年の秋冬学期から新たに開講する「イノベーション・マネジメント」(一橋ビジネススクール 経営分析プログラム)の講義を通じて、受講者にどのような知見や学びを得て欲しいと考えていますか。
岡田氏:講義では、「AI for Science」と言われる知能の加速化と高度化について考えたいと思っています。いわゆる「イノベーションのジレンマ*」はこれまで数年から数十年単位の時間軸で起きる現象でしたが、AI領域では3カ月単位という驚異的なスピードで進みます。また、知能の高度化により、かつては手が出なかった難題が急速に解決されるということが現に起きていますし、これからも爆発的に増えるはずです。この2つをしっかり認識して見方を変えておかないと、これからのイノベーション・マネジメントを考えるのは難しいのではないかと思っており、これが講義の中心テーマとなります。
また、これまではデジタル世界にとどまっていたAIが、ロボットに応用展開されてフィジカル世界へと広がっています。さらにロボット自体の設計にもAIが用いられることで、従来は10年かかると言われたハードウェアの進化が短期間で起きるなど、AIとフィジカルの二重の進化が大きく発展してきています。そうした最前線をケーススタディとして取り上げて議論するとともに、「AI自体の進化」と「AI×異分野の掛け算による進化」という二軸で加速度的に変化する世界の中で、産業構造や経済モデルがどう再構築されていくのかについて、MBAらしい視点から深くディスカッションする予定です。
*イノベーションのジレンマ:米国ハーバード大学のクレイトン・クリステンセン教授が提唱した理論。既に成功を収めた優良企業が、その成功を支えてくれた主要顧客の声を重んじるあまりに破壊的イノベーションへの対応に遅れ、やがて市場での地位を失う「ジレンマ」を抱えるという考え方。
アントレプレナーシップ
起業のきっかけ
熊本:ご自身が起業を志したのも、学生時代の学びに転機があったのでしょうか。
岡田氏:はい、学生時代にディープラーニングに興味を持ち始めたことがきっかけです。当時はまだ黎明期でしたが、それが発明家ジェームズ・ワットの蒸気機関に匹敵するくらい歴史的な技術革新だと直感したんです。これまでのコンピューターは計算上で数式定義されたものを超高速に解くだけでしたが、ディープラーニングにより「定義できないものを経験的に覚えさせ、後から理論を作って実行する」というまったく新しいアプローチを可能にしています。この劇的な進化に深い興奮を覚えました。
さらに決定的な衝撃を受けたのが、シリコンバレーでの体験です。そこでは一見すると無謀だと思われるような夢物語に対して、エンジェル投資家やVCがリスクを取って一緒に夢を追いかける文化があります。「本当に実現できるのかな?」というような不可能な妄想に見えても、論理的かつ科学的な仮説に基づいて真剣に挑むことで、実際に実現されていくんです。それを見た若い世代が「自分にもできるかもしれない」と後に続く、イノベーションの持続的な循環が生まれていました。「挑戦の閾値(スレッシュホールド)」が日本とは決定的に異なると感じ、自らも事業を起こす決意を固めました。
熊本:その「可能性の閾値の違い」の指摘は非常に重要ですね。学生のうちに「自分にもできるかもしれない」という選択肢や視点を知るか否かだけで、その後の歩みや思考の限界値が大きく変わってくると実感しています。私が商学部で担当している「スタートアップと資本政策」という講義でも、スタートアップ企業の経営者たちがオムニバス形式でゲスト講師として登壇し、学生たちに多くの気づきを与えてくれています。学部やビジネススクールで、こうした機会がさらに充実すると良いと感じます。
起業を志すマインドセット
熊本:これから起業や新しい挑戦を目指す若者や学生に対して、ぜひアドバイスを頂けますでしょうか。
岡田氏:学生のうちに起業することは、実は極めて合理的な意思決定だと思います。親の保護下にある学生という身分を活用でき、個人保証のない無担保融資やエンジェル投資による資金調達であれば、失敗しても個人の財務リスクはほぼゼロだからです。一度起業に挑戦し、成功すれば大きな成果を得られますし、たとえ失敗したとしても、その事業経験やストレス耐性は企業から強く求められる貴重な資産になります。学生身分をフル活用して挑戦し、担保融資が発生する直前、つまり「ポイント・オブ・ノーリターン」の手前まではリスクを恐れず果敢に挑んで欲しいと思いますね。
熊本:「イノベーション・マネジメント」の講義を通じて学生の起業マインドが刺激されることも、ひとつの楽しみになりそうですね。
藤原:私も、講義でご一緒することがさらに楽しみになりました。本日は、ありがとうございました。